【泣けるアニメの代名詞】あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。

おすすめ度:★★★★★★★★☆☆(8点)

(C)ANOHANA PROJECT

友達の死をきっかけに離れてしまった仲間たちのノスタルジックなアニメ

「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」 2011年 アニメ
監督:長井龍雪
脚本:岡田麿里
キャラクターデザイン:田中将賀
音楽:REMEDIOS
声の出演: 入野自由、茅野愛衣、戸松遥、櫻井孝宏

 

Netflix(ネットフリックス)で視聴する

 

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ざっくりあらすじ

高校受験に失敗し、希望の高校に入学できなかった宿海仁太(じんたん)は、入学式以来ろくに登校しておらず引きこもりの状態となっていた。そんな仁太の元へ、小学生の時に川へ転落して亡くなったはずの本間芽衣子(めんま)が成長した姿で現れる。じんたんはめんまから願いを叶えてほしいと頼まれ、小学校のころの仲良しグループ「超平和バスターズ」の仲間と再会することになる。

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少し変わった幽霊モノ

小学校のころに死んだはずの「めんま」は「じんたん」にしか見えないが、特に幽霊っぽくもなく空を飛ぶこともない。漠然と願いをかなえてほしいというものの、本人すらその願いが何なのかわからない。

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幼い頃に友達と死別するということ

誰が誰を好きだとか、他愛もないケンカとか、すれ違いとか。明日謝ればいいや、そんな風に子供の頃なら考えるしそれでよかった。でももしそんな明日が来なかったら。やっぱりこの物語の登場人物くらいずっと抱えて生きることになってしまうんだと思う。大なり小なりの別れを経験することで僕らは大人になっていく。

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子供のころみたいに素直になれない思春期

高校になり自我が芽生えると小学校のころと友人との付き合い方も変わってくるし、複雑になっていく。そんな子供にとっては大きな5年間の変化を知らない「めんま」が小学生のまま視点で、いつのまにか気持ちが離れてしまったかつての仲間を見る。この物語が胸をつくのは、大人になるとはっきりと思い出せない子供の頃の視点を「めんま」が思い出させてくれるからかもしれない。

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小学校のころくらいって一番その人の根っこが見えるのかも

先天的な性格がその人本来の性格だというのなら、おそらく小学校のころあたりが一番それを顕著にみることができるんじゃないだろうか。小学生から高校生になる間に人は精神的にも肉体的にも人は大きく変化するけれど、中身が子供の頃と変わってないということをコミニュケーションを取ることで理解しあえるのが思春期じゃないか、と僕は思う。それ以上年取るとね、何が本来だとかは段々と外からは見えなくなったり、自分ですらわからなくなったりするよね。

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あなたの思い出も一緒に

「めんま」の中身が小学生のままなので、思いつくこと、思い出すことのすべてが今を生きる主人公たちには懐かしい。主人公たちは2006年くらいに小学生だったという設定なので、「ノケモン」(ポケモン)だとかウシキング(ムシキング?)だとか、エンタで流行った「ですよ。」とか、当時を思わせる事柄がガンガン出てくる。その頃とっくに成人していた僕はそれらを全く通ってないけど(「ですよ。」は見たけど)、自分の小さい頃の思い出が呼び起されるのか、なぜだか泣ける。年を取ったんすかねぇ。

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放送当時とOPが変わってる

再放送の際に変わったようですが、もともとのOPはこの曲でした。今のも悪くないけど僕的には「青い栞」の印象のほうが強いです。